ドキュメントストーリー

#1 いつか認めてもらいたい

自らの未熟さを知る

自らの未熟さを知る

入社1年半を過ぎた2002年10月に、レストラン春日井西武店へ店長として赴任してきました。

『――正直言うとこの異動には少々不満がありました。入社後、デリカ店長、翌年にはマネージャーとして4店舗を担当していたからです。でも、マネージャーからレストラン店長への異動は、ジョブローテーションの一環にすぎず、また、若い私にマネージャーとして、経験豊かな店長の相談役になれるはずもなく、明らかな力量不足だったのですが、そんなことも分からないほど未熟だったのです。――』

赴任後、徐々に仕事の楽しさが分かり、売上は順調に伸びていきましたが、担当マネージャーの竹内はなかなか認めてくれません。「何ができるかを考えろ」「もっとできることがあるはずだ」と、厳しい言葉が続きました。

「いつか認めてもらいたい」――生来の負けん気がでて、私は無謀にも「目標を達成し名古屋テルミナ店をやりたい」と申し出ていました。

名古屋テルミナ店は売上トップクラスの旗艦店の1つであり、若手の店長が簡単に異動できる店舗でないことは承知の上なのですが、何か目標が欲しかったのです。

「わかった」。マネージャーの返事はそっけないものでした。しかしそれからは、私は俄然やる気になりました。私の気持ちがスタッフにも伝わったのか、チームワークも良くなり、今まで以上に売上げが伸びていき、目標を大きくクリアーしたのです。

「よくやったな」。2月に入ってマネージャーから少しだけ、でも初めて認められました。今までの厳しい指導は、「好調な売上げは店の恵まれた環境に起因しているのだから、店長としてはその上で何ができるのかを考えろ」、ということを教えてくれていたのでした。

そして、突然の一言、「異動だぞ!」。そう、まさかの名古屋テルミナ店への異動でした・・・。

マネージャー竹内の声

中央営業部アシスタントマネージャー 竹内康雄春日井店での成績はスタッフを初めとした周囲の支えがあってのこと。自信をもって仕事に取り組むのは大切だが、謙虚さも忘れてはならない。厳しい指導は、それを知ってもらうためのものだったのだが、すぐに気が付いてくれたようだ。だから、スタッフもついてきてくれたのだろう。テルミナ店への移動願いには正直からに驚いたが、その挑戦心をこれからもずっと持っていて欲しい。

中央営業部
アシスタントマネージャー 竹内康雄
Yasuo Takeuchi

大変なところに赴任してきた

お世話になった春日井西武店のみんなに別れを告げ、
2003年3月、私は意気揚々と名古屋テルミナ店へとやってきました。
ところが早々に私の期待感は粉々に打ち粉くだかれたのでした。

スタッフの身だしなみは乱れ、動きも機敏とはいえず、十分な接客ができていない。
スタッフ全員の気の緩みは明らかでした。
実は大変なところに私は赴任してきたのだと知りました。

ドキュメントストーリー#1